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ファクトチェッカー

  • 7月14日
  • 読了時間: 2分

僕が物事が真実かどうかを考える時に使えるように作った手法が有るので公開しようと思う。

おそらく普遍的なツールとして使える筈。


物事が現実であるかどうかを解体する為に、事象物証物語、という手法を使っていく。


現実を形作る物事としてはこの3要素が有って、どれか一つでも欠けていたらそれは陰謀論であると言う物。


自分の立ち位置の確認や情報の立ち位置の確認に使える。


それぞれには場合によっては追加するべき要素も有る。

事象であれば時系列。

物証であれば反証性。

物語であれば客観性。


例として、机から田中君が、物を落とした。床には傷、物には田中君の指紋が付いていて。多数の人が彼が落とした状況を確認。田中君もそれを認めている。監視カメラ映像にも現場に田中君が落とした情報が残っていた。


と言う事柄の分解。


・事象、田中君が床に物を落とした。

・物証、落ちた物、床の傷、指紋。

・物語、多数の人の証言と、田中君の自白。


例外として監視カメラ等の映像は事象と物証を併せ持つが、編集は可能事を考慮はする。


そして一つの要素を抜いてみるとどうなるか。


事象を抜いた場合の解釈の例としては、床には傷、物には指紋が付いていて、田中君の指紋だった。多数の人が誰かが落としたと言っていて、田中君は触ったことを認めている。


こうなると、嘘を付いている人間が居る。


要素が欠けた為、それが現実であるかどうかが分からなくなってしまった。


つまりこの手法とは何かが欠けていた場合に誰かが現実を断言した時、それが嘘であるか、未確定の情報である事を見抜くことが出来る。

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